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【本論補遺編】:「♯4つ分転調」曲に関する考察 [基礎知識(基礎理論)]

 本論の補足を書いておきたいと思います。

>「昔の曲」でこういった転調をする曲があるのか?と
> 答:あります(笑)
まずはギター曲で見てみよう。
 ・・と書いたので、やはり「鍵盤曲」についても書いておきませう。

 当方、鍵盤楽器曲で転調が盛んに研究され作品に用いられたのは「まずはロマン派時代」というイメージが強いため、先ほどロマン派の作品&楽譜(←そんなに持ってないですが)を少し調べていたのですが、、、何と言うか、もぅ「絶句」状態ですね(笑)。要するに、♯4つ(♭4つ)どころじゃなくて、「如何に遠い調まで転調できるか?」を競い合うかの如く、「♯沢山←→♭沢山」調間の転調がさも「当然」のように行われていて、しかも「黒鍵中心主義」的な曲が多いので、もぅこれは純正律ベースの音楽ではないな、と強く感じました。

 この時代のピアノ音楽ではキルンベルガー音律などのウェルテンペラメント系音律が隆盛だったでしょうから、「どんな調でも演奏できる」言い換えると「どんな調にでも転調できる」ことの特権、ピアノでしか出来ない名人的な技巧、などが盛んに主張されているような、そんな雰囲気が楽譜から感じられます。

  総じて、こういう音楽は、ストレスの多い現代社会人では(私のみならず)あまり触手が動かない、つまり、弾くのは勿論、聴くのもどうも、、、って感じになりませんかね、、、(それに何と言ってもw、現代のピアノのコンサートやCDの多くは12ETの楽器を使っているでしょうし)。

 話を戻しますと、ピアノ音楽での「ホ長調←→ハ長調」間転調の有名な曲といえば、私の場合、まずはフォーレ(←フランス近代)が作曲した4手連弾用の「ドリー組曲」の中の「子守唄(Berceuse)」が頭に浮かびます(というか、それしか浮かびません(汗))。

 この「ドリー組曲」は、ヘ長調、変ホ長調、変ニ長調など、色々な調の曲で構成されているので、全曲演奏するときはやはり純正律では無理と思われますが、最初の「子守唄」は、純正律をベースに作曲されていると感じましたので、自分備忘録用としてメモっておこうと思います。

 この曲はホ長調の出だしで、伴奏がpp、メロディーがpで静かに始まるのですが、その後f(フォルテ)まで盛り上がった後、ホ長調からハ長調に(いわば♭4つ分)転調する際は、このように、

ドリーEC転調右手.jpg

(↑旋律パート)

ドリーEC転調左手パート.jpg
(↑伴奏パート)
 メロディーのE音「ド」を「ミ」に読み替えることで、あっさりと転調が行われており、それ故か、若干「ぶっきらぼう」な感じがするのですが(私見)、これに対して、

ハ長調からホ長調に戻る際は、このように、(↓旋律パート)
ドリーE復帰右手.jpg
ドリーE回帰左手.jpg

(↑伴奏パート)
 非常に策を凝らして苦労して作られている感があり、それ故か、こちらの転調の方がより違和感無く自然な感じに聞こえますね。
 ちなみにハ長調部分ではこのように
ドリーDA部分.jpg

伴奏パートで「下からDA」アルペジオが出てくるのですが、その前が不協和音での「仕掛け」が施されており、曲想的にもここは不安感が醸し出されるところなので、先ほど電子ピアノの純正律設定で弾いた限りでは、殆ど違和感なかったです。
(それよりも、15小節目のF♯C♯5度和音の方が若干気になったし、A♯音とB♭音の両方を使うので、A♯音の高さ位置が問題になると思われます。ともあれ、この曲は、純正律ベースの音律で演じてみると、新たな発見が得られるのではないかと。)

 総じて、とかくクラシック音楽の分野は、その時代の「最先端」のことをやった人が評価される傾向が強いため、ロマン派以降の鍵盤楽器での純正律の使用状況等について調べるためには、逆に「保守的な作風」と評された作曲家の作品を調べた方が近道であろうと思われます。

 そんなこんなで、鍵盤楽器での「純正律」調査は、やはりルネサンス曲あたりから始めた方が良さそうだな、ということを改めて感じた次第です。


 それでは皆様、良い芸術の秋を!!

 

 


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【本論】:「♯4つ分転調」曲に関する考察(ジュリアーニの曲を例示した検討) [基礎知識(基礎理論)]

レジュメ:
 要点:
  「遠隔転調」は、♯3つ分(♭3つ分)の事例が比較的多いように思える。
     例:古典派ギターの大家(ソルのライバル)のジュリアーニの場合、
 大序曲や英雄ソナタの「イ長調←→ハ長調」間転調、庭の千草の「ト長調←→変ロ長調」間転調)。このような転調は、音楽的な「流れ」や「和声展開」的な側面では「自然」な転調と言えるが、「純正律」的には有利な転調とは言えない。

 「純正律」が最も活かされる転調は、ズバリ、♯4つ分(♭4つ分)の転調である(以下は「#4つ分」の表現で統一)。

それは、前にUpしたこの図からも明らか。

(修正版)通常調弦純正律ギター.png

(この図の要点:ハ長調(調号なし)とホ長調(♯4つ)の両方で、幹音7音階(すなわちドレミファソラシ)が出来ることが分かる。幹音7音階が出来るということはⅠⅣⅤの基本3和声が出来るということでもある。※これは即ち、「純正律は(基音が異なる他の調への)転調が出来ない」とする従来の説(通説?)が『大嘘』であることをも意味している。)

 故に、♯4つ分(♭4つ分)の転調をする曲を見つけたら、まずは「純正律が適用できるか否か?」を試してみるのが(真人間たる者のw)「王道」手段といえよう。

 ハ長調からホ長調に転調する曲、またはこの逆などの実例(実際の曲)は、前に記事にした(この記事の「伏線」でもある)。但し、挙げた例は、いずれも現代の曲ないし編曲であった。

 ならば、クラシック音楽ファンであれば、当然に、次なる疑問が出てくるであろう。。。
 「昔の曲」でこういった転調をする曲があるのか?と

 答:あります(笑)

 まずはギター曲で見てみよう。

  ジュリアーニの比較的有名な曲で、「L’Armonia(ル・アルモニア、作品148-5)」という曲がある。(ドレミ楽譜の「ギター名曲170選」より)
02ruアルモニア1.jpg

この曲は、このように、ホ長調(♯4つ)の出だしで静かに始まる。
和声的には、E(2小節)⇒A(2小節)⇒B7⇒C♯m⇒E⇒B7の7小節で一区切りであり、次に、再度最初のフレーズ(E(2小節)⇒A(2小節)⇒B7)が今度はフォルテで演奏される。 

、、、そして、B7のベース音が下のように半音上げられてB♯になり、

02アルモニア転調直前.jpg


次の小節でこのベースB♯音が異名同音「C」に読み替えられて、
03何とCに転調.jpg

ハ長調に転調する、という展開となっている。

 折角なので、先ほど純正律ギターで弾いてみた(あぁ何て親切な企画(笑))。
 長いので最初の2分程度まで


(40秒過ぎくらいでC調に転調する)

 この調号なしC調が4小節続いた後に再びホ長調に戻るのだが、最初のE⇒C転調が、良く言えば「ファンタジック」、悪く言えば何か「あざとい(笑)」感じがするのに対し、次のC⇒E転調は凄く「自然」に感じることもあって、ナカナカ面白い事例と言えるのではないだろうか。

 ちなみにこの曲、後半ではヘ長調(←!)にまで転調し(但し楽譜左側は調号無し表記)、B♭やDm(←A音不使用やベースA型)の和声をふんだんに使った後、「勝負」とばかりにDA5度を使ったD和音を繰り出してくる。但し、このDAは同時鳴らしでなくアルペジオであり、しかもしっかり「p(ピアノ)」指示が付いている。
 こうまで「あからさまな仕掛け」があると、もう、この曲の想定音律は「純正律」以外には考えられないであろう。

 さらに、この後、C♯やG♯の和声まで登場し、流石にここでは3度の響きが悪くなるのだが、それでも5度の純正は健在である(上記5度圏図を参照)。

06G♯にまで転調(アルモニア).jpg

 そんなこんなで、この他にも色々と発見があったので、気力が残っていたら(汗)明日に(←もう今日だが)続きを書きたいと思う。

 上記音源の続きの演奏も一応置いておきますので、興味のある方はどうぞ(例によってミス多いですが。)。

 この曲はクラシック・ギタリストにとっては比較的有名なので、Youtubeで検索すれば、私なんかよりよっぽど「ミスのない上手な」演奏が聴けます。但し、12ETギターではあらゆる和音が「全く同じような響き」、完全なる「平坦な世界」ですので、この曲の良さが全く引き出されないことは、youtube内の(「ミスのない上手な」)演奏音源と、私の「下手でミスだらけの」演奏を比較して聴けば、誰にでも分かると思います。

 

 では今回はとりあえずこんなところで。

 皆様、ハッピーな連休&芸術の秋を!


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序論編:「♯4つ分転調」曲に関する考察 [基礎知識(基礎理論)]

 さてさて、3連休恒例の、、、いやいやまてまて(汗)、そんな風に書いちゃうと自分ノルマへのプレッシャーが大になるのでイカンですね(笑)、、、こう表現しましょう。

 さてさて、3連休で精神的に余裕があるときには執筆されることもある(←表現正確過ぎw)コーナーがやってまいりました。
 
 っって、早速夕食ですか(汗・・・また後ほど
 
   
(↓今回のメインとなる資料です。旧ブログからの読者様なら、これ使って何を言わんとしているか分かりますよね?w) 
  
(修正版)通常調弦純正律ギター.png 
 
--【序論】--------

現代社会において純正律が如何に不当に「なおざり」にされているか?(別名:「不当待遇」の要因の分析)

 そもそも、なおざりにされている一番の原因は何か?
 ⇒ずばり、「間違った情報(知識)」が蔓延しているから (と私は考える)。
  さらには、間違った情報(知識)に基づく純正律への「無理解」が原因である、と私は考える。

  では、「間違った情報」とは何か? 何が間違っているのか?
 ⇒間違いその1(これは「最大にして最悪の間違い」と言えるのでは?):
  純正律(12JUST)では「他の調への転調ができない」という間違った情報(知識) 
                              ↑※今回の本論はここである。

 ⇒間違いその他(色々(山のように)あるが、あとは「派生」では?):
  では、その「間違った情報」は、誰が(ネット上などに)蔓延させているのか?
  ⇒直接的には、
  音楽を、頭(知識)でしか考えていない人、情報(知識)中心で考えている人、
  純正律を実践したことの無い人、純正律の素晴らしさを体感したことのない人(少なくとも純正律を未だ自分の身体(さらには魂)に「血肉化」させていない人)である、と言えよう。
 
もっと根源的には、、、
  もう書くまでもないですよね(笑)。
  敢えて書くとすれば、、、そうですねぇ、、、例えばですよ、「THE JUSTINTONATION  NETWORK」という団体があって、少し前までは、ここのHPが「正常に」表示されていたんですよ。
http://www.justintonation.net/

 
 だけど、今ではここが「何者か」に乗っ取られてますよね。

 正常に表示されていたときに、ここのHPに何が書いてあったと思いますか?

 正確な表現は私も失念してしまったんですが(あぁ「魚拓」とっておけば良かった)、確かこういうことが書いてあったと思うんですよ。

 『純正律は、かつてずっと使われ続けていたが、歴史的アクシデントにより使われなくなってしまった』
 というようなことが。(英文記載のコピーやもっと正確な表現を御存じの方がいらっしゃいましたら、コメント欄ででも教えてください。)
 要するに、「歴史的アクシデント」を引き起こす「闇の勢力」がいるってことなんですよ、この地球(ほし)には。「根源者」はその勢力ですよ、間違いなく。
 
 今回私が特に言いたいことは、純正律をネット上で「実用不可能」だの「鍵盤楽器やギターなどでは使い物にならない」だの(つまり「間違った情報、知識」)を、(自らで使ったことも無いのに)自分のHP等で書いている人(特に「上の人」)が少なからずいますけど、そういう人(特に「上の人」)は、今後まもなく、「あぁ、この人は闇の勢力の『手下なんだな」と、そう思われてしまう(みなされてしまいかねない)ような時代ないし時期が、もう、すぐそこまで来ている、ということを自覚すべきなんじゃないかなと、そう思う訳です。

 まぁそこまで大げさな話でなくても、純正律否定論者さらには12ETに固執する人(特に「上の人」w)は、「あぁ、この人は『音楽』のことがまるで分かっていないんだな」と思われてしまうことは間違いないですよね(笑)。

 だって、フレットレス楽器や歌の世界、つまり、「自分で音程を作る」世界、「音律の『自由競争』が適用される」世界では、多くの人(音楽レベルの高い人)が純正律を「実用音律として」使っている(少なくとも「理想としている」)し、ましてや(一部では「世界制覇音律」とも呼ばれている)12等分平均率(←律?)を使っている(さらには「理想としている」)人なんて『誰もいない』わけですから(笑)。

 (これにて序論が終了)

余談:折角なので、ここで一句詠みますよ(笑)

   隠蔽が されると気付く 真実
  (あぁ素晴らしや ネットの世界)

・・・どうも、お粗末でしたw

(長くなったので、続きは別記事に書きます。) 

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古代ギリシャの音階について「気付いた」こと [基礎知識(基礎理論)]

要点:
  旧版「響きの考古学」巻末の音律(音階)カタログを眺めていて「気付いて」しまった点。
IMG_6161.jpg
(↑この下にも古代ギリシャの音律が続きます)

 古代ギリシャの各種音階は、いずれも「導音(←基音の半音下の音)がない!」←こ、これは!!
   ピタゴラスの音律がベースだったのならば、当然、導音だって発見されていた&使われていたのではないのか?

 ここでふと昔の記憶を思い出す・・・確か音階の原初的形態は、(今のように下から上ではなく、)「上から下」の進行が基本だった旨を、どこかのサイトで読んだ気が。。。

 早速ググってみる・・「ギリシャ音階 上から下」のキーワードで検索、、、おぉぉ、ビンゴビンゴ、何件もヒットしましたわ(自分祝!)。

 これで、上記カタログに、
 ①古代ギリシャの音階に「導音」が無い点
 ②それどころか、基音の直ぐ上の音が「半音」になっているものが多い点(しかも、28/27(平均律半音より37セント狭い)などの非常に狭い半音の音階も多い点)、
 ③ピタゴラスの「短」音階は載っているがピタゴラス「長」音階が載っていない点、
 などの理由が、自分なりに納得できた(ような気がした)。

 ①②は説明不要と思われるが、敢えて書くと、①音階を上から下に進行させる場合の「歌いやすさ」の観点から、現代的な意味での「導音」すなわち上の「ド」の直下の「シ」を設定すると、「歌い出し」が半音音程となり歌いにくくなるからであり、②逆に、古代ギリシャ時代では、基音の直ぐ上の音が主音を導く「導音」な役割を担っていたものと考えられる。

 ③を少し詳しく説明すると、
 【起】:古代ギリシャでは音階は「上から下」の下り進行が基本である。
  【承】:それに対して、ピタゴラス「短」音階は、基音からの純正5度の積み重ねを5度圏「左回り」方向に作って行く。つまり、Ⅰ(ラ)⇒Ⅳ(レ)⇒短7(ソ)⇒短3(ド)⇒短6(ファ)・・の順で作って行くので、基音(ラ)に対する短7(ソ)の比率が複雑にならず(この場合は16/9)、しかも「全音」の間隔なので、下り進行と「相性が良い(=歌いやすい)」のである。
  【転】:  逆に、ピタゴラス「長」音階は、基音からの純正5度の積み重ねを5度圏「右回り」方向に作って行く。つまり、Ⅰ(ド)⇒Ⅴ(ソ)⇒Ⅱ(レ)⇒長6(ラ)⇒長3(ミ)⇒長7(シ)・・・の順で作って行くので、音階の「上の方の音」と基音との比率が複雑になり、協和度が下がっていくので、下り進行と「相性が悪い(歌いにくい)」のである。
   【結】:以上、証明終わり(笑)

 蛇足:で、結局のところ、ピタゴラス「」音階は、古代ギリシャ時代には使われていなかったってことなのか??? だとしたら、いつ頃から使われ出したのか??
  (かくして、ピタゴラス「長」音階に対する「疑惑」wは深まるばかりである。)

 めでたしめでたし(?)

 


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(0612昼補足)続・ピタゴラス律に対する「素朴な疑問」 [基礎知識(基礎理論)]

 前回記事の最後では、
>次回は、「同じイオニア旋法フレット(位置)としつつ、弦を2本(以上)に増やした場合はどうなるのか?」等の視点で書いてみたいと思います。
 と予告したのですが、
 その前提として、ピタゴラス律のような所謂「積み上げ」調律の不自然さ等を論じておく必要があると思われますので、それを書きます。

 旧ブログの下記URLで『ピタゴラス律に対する「素朴な疑問」』なる記事を書いたのですが、
http://meantone.blog.so-net.ne.jp/2013-05-23
以下はその続編になります。

---------------
 一般大衆向けの音律関係書籍では、ピタゴラス律の「原初」的性質、この音律は極めて容易に調律することができること、その結果ヨナ抜きの5音音階(ドレミソラ)ができること、等を説明するために、いきなり「多数の弦が張ってある楽器」を使って説明してますよね。

 例: 開放弦同士を「純正5度調弦」してピタゴラス音律を作る。その際に適宜「オクターブ調整」して音階を作って行く。これによりペンタトニックの5音音階(ドレミソラ)ができる。

 で、音律を勉強すればするほど、このような説明が「凄く不自然」で「嘘っぽく」感じてしまうのですが、これって私だけなのでしょうかね(汗)。

 つまり、ピタゴラス律に対する素朴な疑問「追加(笑)その1」として、最初(原初)から「沢山の弦を張る楽器があった」、言い換えると「弦楽器は、その発祥時から沢山の弦が張られていた」とは考えにくいんですよ。弦楽器の原初形態は1本の弦(単弦)が張られていた(百歩譲っても2本でしょ?)とする方が圧倒的に「自然」な考え方だと思えるのです。

 例えば、「管」楽器は、その原初的な形態は、例えばナチュラルホルンの如く指孔が無かった(息の吹き加減でのみ音程調節をしていた)が、その後、音程調整のため指孔が設けられるようになり、音楽社会の成熟につれて徐々に指孔が増えて行った、ってことに異論はないですよね。
 これと同様に、「弦楽器は、その原初的な形態では1本だけ弦が張られており、音楽社会の成熟につれて徐々に弦の数が増えていった」とするのが「すこぶる自然」な考え方ではないだろうか?・・・って思っちゃうんですけど、私、何か変ですかね?(汗)

 「1本だけ」という箇所に違和感があるって仰るのなら、「2本」でも「3本」でも良いですよ。1000歩、いや100万歩(笑)譲って、Vn属やウクレレのように「4本」だったと仮定しても良いですよ。
 重要なのは、このような少ない弦の楽器から、ピタゴラス音階(特に上記5音音階)が出来るのでしょうか? 純正5度連鎖の音階を「発明・発見」することができるのでしょうか? ってことです。

 弦楽器の原初的な形態が
 「弦1本」の場合、どうでしょう? 主音(開放音)の音程を維持したまま違う音程を出すためには、フレットを付ける、琴のように支柱で、或いは指で直接押さえるなどして、「弦の長さを変える」必要がありますが、このときに、「オクターブ調整」なんて操作ができるのでしょうか?
  「弦2本」の場合、純正5度(ドソ)調弦にたどり着いたとにしても、それより先の「純正5度連鎖」によるレ⇒ラ⇒ミ⇒シを「発明・発見」することができるのでしょうか?
 「弦3本」、「弦4本」の場合でも、依然として、ペンタトニック5音音階の「ミ」は出来ませんよね。

 さらには、弦楽器の弦の増えていった歴史が、「純正5度の積み重ねによる調律(まずは5音階)を実現するために」5本以上に増えていったと仮定しても、ピタゴラス長3度(ミ)の81/64などという、主音(ド)と協和しない複雑な比率が採用され得るのでしょうか? 大抵の人は、ピタゴラス長3度(ミ)の音程に調律する「途中」で、「主音と協和する極めて美しい音程がある」ことに『気付く』のが普通ではないでしょうか? だって、純正長3度のミの音程(5/4=1.25)は、ピタゴラス長3度の81/64(=1.265625)よりも僅かに『低い』音程なのですから。『高い』音程であれば発見が困難だった等もあり得ますが、実際は『低い』のですよ。基音のド弦よりも高く調弦される3度上のミ弦の方が「音程が下がりやすい」でしょうから、演奏している最中に3度音程が純正に近づいて行くことだってあり得るわけです。(してみると、鍵盤楽器の調律で良く言われている説明、すなわち「ピタゴラス5度を12音分連鎖させて出来る、-24セント狭い5度の存在により、純正長3度が発見された」かのように印象づける説明も、非常に散臭いと感じてしまう訳です。)

 このように考えてみると、ピタゴラスの音律が「原初的」である、「自然」である等を印象付けようとする「説」には、何かしらの「無理」、「不合理」、「不自然」、「胡散臭さ」等を感じてしまうのです。

--------------
(0612昼補足)
 このブログを読みに来られるレベルの方なら御存じだと思うのですが、西洋音楽史では、ピタゴラス律は、「積み上げ」すなわち♯系(5度圏右周り)方向、長調系でなく、むしろ♭系(5度圏左周り)方向すなわち「(いわば)積み下げ」、短調系で積極的に活用されて来た訳ですよね。それは、前回記事でも補足したように、
藤枝氏作成による古代ギリシャの3つの旋法.jpg
 既に、古代ギリシャ時代から(!!)そのような流れが出来ていると考えられます(上から2番目の音律では基音に対して32/27のピタゴラス短3度が採用されている。ちなみに、このリストに載っている30種類の音律に関し、基音に対して81/64のピタゴラス長3度を使っているのは、(私のチェック間違いがなければ)「インドの22律」だけです。(但し、ピタゴラス(P)短3度を使う音律の場合、純正5度-P短3度=P長3度ですので、いわゆる「裏の音程」として使われ(得)ることになります。))
-----------------
旧ブログの下記URLで『空想小説「はじめに1本の弦ありき」』なるものを書いたのですが、
http://meantone.blog.so-net.ne.jp/2011-10-25 
 こういった発展形態ならば納得できるんですよ。

この小説の最後では、単弦のフレット楽器に関し、
>そのうちに、人は「一人で奏でるときも、大勢で演奏するのと同じような幸せな気持ちになれれば良いのになぁ」と思うようになった。そして人は考えた。「一つの楽器に張る弦の数を増やせば、もっと幸せになれるに違いない」と。

 と考えたところで終わってます。ですので、次の記事は謂わば、この空想小説の続編とも言える訳です。
(続く)


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